②産科疾患

1. 妊娠前のカウンセリング(詳しくはこちら詳しくはこちら

結婚年齢・出産年齢の上昇とともに母体の合併症を有する女性の妊娠が増加しています。また、合併症を有する女性が妊娠を希望される場合に少しでもリスクを軽減して無事に妊娠・出産を乗り切るために妊娠前からできること・注意することを理解することが重要です。妊娠中に避けたいこと(喫煙・飲酒・高体温など)・取り入れたいこと(葉酸摂取など)を知っておく必要があります。川崎医科大学附属病院産婦人科では積極的に妊娠前のカウンセリングを行っています。

2. 妊娠初期の疾患(詳しくはこちら詳しくはこちら

【妊娠悪阻】

妊娠悪阻は“つわり”の重症化したものです。たかが“つわり”と思って放置していると児の成長や発達に影響を及ぼすことや母体にウエルニッケ脳症という重篤な疾患を引き起こすこともあるので母体の体重減少が著明な場合や尿のケトン体が陽性の場合には点滴治療行います。また、無理に経口摂取をしない方が早期に回復するとされているので入院治療を行うこともあります。

【流産】

残念ながら全妊娠の15%ほどが流産に至ってしまいます。流産の原因の大部分は胎児(赤ちゃん)側にあるとされ、その多くは染色体異常とされています。これは受精卵が出来る過程で偶然起こるものでご両親に原因があることはほとんどありませんが、両親の年齢が上昇すると一般にそのリスクも増加します。妊娠初期に出血や腹痛などの症状がある場合には安静を指示することがあります。児の心拍が確認できる場合の予後は一般に良好であるとされています。切迫流産の治療薬や止血薬の効果ははっきりとは証明されていません。自宅での安静が困難な場合や症状が重症の場合には入院治療を勧める場合もあります。流産を2回以上繰り返すと反復流産、3回以上繰り返すと習慣流産と言います。偶然が重なる場合も多いのですが、ご両親の精査を行って治療が必要となる場合もあります。詳しくは「不育症」の項をご参照ください。

3. 妊娠中期以降の疾患

【早産】(詳しくはこちら詳しくはこちら

早産とは妊娠22週以降36週までに出産に至ってしまうことを言います。周産期医療の進歩にも関わらず、新生児死亡および生後後遺症の原因の約半数を早産が占めています。さらに重要なことは早産が年々増加してきているということです。早産の原因として子宮内の感染が良く知られています。また、早産は繰り返すことも知られており、過去に早産で出産された方は次回妊娠で十分な注意が必要ですし、周産期センターなどで妊娠・分版を管理する方が良いかもしれません。早産の場合には児が未熟であるため呼吸障害や循環障害などを引き起こしやすくNICUでの管理を必要とする場合も多いです。
そのため、早産になりそうな状態(切迫早産と言います)を早期に見出して治療を行う必要があります。治療としては子宮収縮を止めるお薬(塩酸リトドリン、硫酸マグネシウムなど)や感染が疑われる場合には抗菌薬の投与を行います。また、赤ちゃんの成熟を促進する目的でステロイドホルモンを投与する場合もあります。子宮内感染との赤ちゃんの未熟性とのバランスを考慮して分娩時期を決める必要があります。

【妊娠高血圧症候群】(詳しくはこちら詳しくはこちら

妊娠高血圧症候群は妊娠中(妊娠20週以降)に高血圧さらには尿蛋白を来たす疾患です。妊娠高血圧症候群を合併した方には子宮内胎児発育遅延や常位胎盤早期剥離を合併することが多く、とりわけ常位胎盤早期剥離は子宮内胎児死亡や新生児死亡の主要な要因となります。妊娠高血圧症候群の治療は根本的には妊娠の終了すなわち分娩ですが、児の未熟性を考えて分娩時期を延長させる必要が生じることも多く、妊娠延長を図る間の胎児評価をしっかりと行うことが重要です。妊娠高血圧症候群の治療の原則は安静であり、入院治療を必要とする場合も多いです。また、高血圧が重症である場合には降圧薬の投与や子癇と呼ばれるけいれん発作を防止する目的で硫酸マグネシウムの投与が行われます。
軽症の妊娠高血圧症候群症例に対して胎児管理をどのように行うかについては明確なエビデンスはありませんが、米国のWorking Groupは毎週のノンストレステストかbiophysical profileあるいは両者を行うことを勧めており、胎児発育遅延や羊水過少が疑われる場合には週二回のモニタリングを行うように推奨している。また母親による毎日の胎動カウントも有効である可能性を示しています。さらに胎児発育遅延を見出すために胎児発育を超音波検査で3週毎に行うように勧めています。また、妊娠37週以降になれば母体の子宮頚管の熟化を考えた上で分娩を考慮します。一方、重症の妊娠高血圧症候群症例についてはより厳格な胎児のモニタリングが必要となります。胎児評価の中心は胎児心拍モニタリングであり、常位胎盤早期剥離の症状出現の前に胎児心拍モニタリングの異常を示すこともあるとされています。それ故に重症の妊娠高血圧症候群症例においては頻回の(6時間毎)胎児心拍モニタリングを必要とすると考えられています。重症の妊娠高血圧症候群の場合には原則的には妊娠を終了させるつまり分娩させる時期を正しく判断することが重要です。

【合併症妊娠】(詳しくはこちら詳しくはこちら

母体に合併症がある場合には、合併症および薬剤などの治療が妊娠にどのような影響を及ぼすかを理解しておくことが大切です。妊娠によって母体は生理的に大きな変化(循環血液量の増加、ホルモン分泌の変化など)が起こるために合併症にも影響を及ぼします。また、内科的合併症の多くは、胎盤機能不全、妊娠高血圧症候群、流早産、胎児発育遅延などを引き起こしやすいとされています。そのため、妊娠32週以降に児の元気さの評価が必要であるとされています。さらに、薬剤の影響として児に異常をもたらす催奇形性に注意を払う必要がありますが、自己判断で治療を中断すると症状が悪化してむしろ妊娠にはマイナスとなってしまうことも多いので主治医の先生とよく相談して治療を継続することが重要です。いくつかの母体合併症についてご説明します。

1) 自己免疫疾患
全身性エリテマトーデス(SLE)、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)、重症筋無力症、甲状腺機能亢進症などの疾患があり、女性に発症する頻度が高く、生殖可能年齢の女性に発症することも多い病気です。自己抗体が病気の本質であり、自己抗体がγ免疫グロブリン(IgG)である場合にはIgGが胎盤を通過するために胎児・新生児にも母体と同じ病態を一過性に引き起こすことがあります。特に、SS-A抗体が陽性の場合、胎児房室ブロックを来たすことがあり注意が必要とされています。

  1. 全身性エリテマトーデス(SLE)
    SLEが妊娠に及ぼす影響としては、流早産、死産、胎児発育遅延、妊娠高血圧症候群、常位胎盤早期剥離などがあり、新生児には自己抗体の移行により新生児ループスを引き起こすことがあります。妊娠がSLEに及ぼす影響としてSLEの増悪の可能性があり、妊娠前に活動期である場合には増悪の可能性が高く、活動期には妊娠を回避する方が望ましいとされています。妊娠中の治療には原則胎盤を通過しにくいステロイドホルモンであるプレドニゾロンを用います。また、臓器障害が強い場合にはアスピリンを用いることがあります。1日20mgまでのプレドニゾロンであれば授乳も可能であるとされています。
  2. ITP(特発性血小板減少性紫斑病)
    ITPが妊娠に及ぼす影響としては、胎児・新生児の一過性の血小板減少があり、分娩時の頭蓋内出血を予防するためにできるだけ吸引・鉗子分娩を避ける必要があります。また、産道の血腫形成にも注意を払う必要があります。一方、妊娠中血小板は低下傾向を示すのでITPでは妊娠中に血小板数がさらに減少する可能性があります。妊娠中は概ね50,000/μl以上の血小板数を目標にコントロールします。妊娠中の治療の第一選択は、プレドニゾロンの投与が行われ、妊娠中期であれば摘脾も有効な選択肢となります。分娩あるいは帝王切開前に血小板減少が続く場合には、免疫グロブリン大量療法を行います。これらの治療で血小板の増加が認められない場合には、血小板輸血を用意して分娩に臨む必要があります。分娩は経膣分娩で行うことが原則とされています。
  3. 重症筋無力症
    重症筋無力症の病態はアセチルコリン受容体を標的とする自己抗体によるもので、この自己抗体が胎盤を通過するために胎児・新生児に筋無力症を呈することがあります。妊娠による影響としては稀ですが、生命予後に係る重症化を来たすことがある点(refractory crisis)に留意する必要があります。重症筋無力症を合併した場合、アミノグリコシドなどの抗菌薬の一部、硫酸マグネシウムなどの用いない方が良い薬剤に注意する必要があり、さらに分娩時の麻酔法にも注意を払う必要があります。
  4. 甲状腺機能亢進症
    妊娠が甲状腺機能亢進症に及ぼす影響として妊娠初期に妊娠に伴うヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)により一過性に軽度甲状腺機能亢進が増悪します。妊娠中期から後期にかけて軽快し、産褥期に再び増悪することが多いとされています。管理が不十分な場合に重症化して甲状腺クリーゼと呼ばれる生命の危機をもたらす重症な症状引き起こすことがある点に注意が必要です。甲状腺機能亢進症が妊娠に及ぼす影響としては流産、早産、子宮内胎児発育遅延、妊娠高血圧症候群のリスクがあり、児にも甲状腺機能異常を引き起こす可能性があることに注意が必要です。抗甲状腺薬としてプロピルチオウラシル(PTU:チウラジール)とチアマゾール(MMI:メルカゾール)を用います。PTUとMMIの比較ではMMIが副作用が少ないとされていますが、MMIの妊娠初期での催奇形性の可能性が指摘され、可能であれば妊娠初期はPTUで管理する方が良いとされています。

2) てんかん
てんかんを合併している場合、不妊治療および妊娠期間に抗てんかん薬の服用を中断することはできません。理由として妊娠初期にけいれん発作を起こすと児の奇形率が上昇する可能性があること、妊娠中にけいれん発作を起こすと破水や早産を引き起こす可能性がこと、けいれんに伴い外傷を引き起こすと常位胎盤早期剥離を引き起こす可能性があること、全身性のけいれん発作の場合、母体および胎児の低酸素血症を引き起こし、流産、胎児死亡、脳障害および母体死亡を引き起こすことがあること 等があげられています。抗けいれん薬の服用の種類が多いほど胎児奇形を引き起こしやすく、薬剤の種類によって奇形発生率にやや差があり、できればバルプロ酸、カルバマゼピンは避けることが望ましいとされ、できるだけ単剤での治療が望ましいと考えられています。また、抗けいれん薬の血中濃度は妊娠によって減少する可能性があり、血中薬剤濃度を測定して適正量の投与を行うことが重要です。てんかん薬服用の場合、妊娠中および児の発達等をフォローの重要性が指摘され、神経管閉鎖障害などの奇形予防に妊娠前からの葉酸摂取が推奨されています。

3) 心疾患
病心疾患を有する妊婦は妊娠中の循環血漿量の増加、子宮収縮による自家血輸血、産褥の静脈還流量の増加のために妊娠中とくに産褥期に原疾患が増悪する可能性があります。妊娠前に軽症の状態であれば母体予後は比較的予後良好とされているが、すでに重症の状態の場合母体死亡も高く、妊娠継続の是非を検討する必要があると考えられています。妊娠に及ぼす影響として流産、早産、胎児発育遅延、胎児死亡、妊娠高血圧症候群等のリスクが増加します。また、母体が先天性心奇形を有する場合、児の心奇形合併リスクが増加するとされています。基本的には妊娠中であっても心疾患の治療を優先させますが、抗凝固療法、降圧薬、抗不整脈薬などについては妊娠前から計画的に安全性の高いものに変更あるいは妊娠確認後直ちに変更する必要があります。また、出産時の感染性心内膜炎予防のために適切に抗菌薬を投与することが重要です。

4) 腎疾患
妊娠により腎機能は悪化するとされています。また、腎疾患合併により流産、早産、加重型妊娠高血圧症候群、胎児発育不全などのリスクが増加します。腎機能の評価を妊娠32週までは4週ごとに32週以降は2週ごとに行います。降圧薬の第一選択はメチルドパ(アルドメット)です。尿路感染症は腎機能の増悪因子となるので尿路感染にも留意を払う必要があります。

【糖尿病合併妊娠・妊娠糖尿病】

妊娠に伴ってヒト胎盤性ラクトーゲン(hPL)などのホルモン分泌が増加し、インスリン抵抗性が増して糖尿病は増悪しやすいとされています。妊娠中の発症した妊娠糖尿病であっても糖尿病性ケトアシドーシスなどの糖尿病の重症症状を来たすことがあります。糖尿病合併に伴って下記に示す様な胎児奇形、巨大児、早産などの産科合併症が増えます。産科合併症を減らすために妊娠前からの厳重な血糖管理と葉酸の摂取が必要です。妊娠中の治療にはインスリンを用い、目標血糖値を空腹時100mg/dl、食後2時間値120mg/dlとします。この目標値は非常に厳しいものですが、適切な管理を行うことで母児の合併症を減らすことができます。また、妊娠前のカウンセリングの重要性が指摘されていて、カウンセリングの施行によって妊娠初期に血糖コントロールが良好となり、葉酸の摂取率が増加し、周産期予後が改善するとされています。

表:糖尿病の妊娠への影響

初期 中期~後期 分娩時 産褥

(胎児・
新生児)
奇形 巨大児
胎児死亡
成熟の遅れ
分娩時外傷 低血糖
低Ca血症
黄疸
RDS(成熟の遅れ)
将来の糖尿病
流産 早産
妊娠高血圧症候群
羊水過多
難産(肩甲難産)
帝王切開の増加
弛緩出血

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